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 日経新聞朝刊に3日間にわたって掲載された「経済教室: 新・エネルギー戦略㊤㊥㊦」はけっこう勉強になりました。 お昼休みにじっくりと3編とおして読みなおしてみました。 ひさしぶりに居眠りなしのお昼休みとなりました。 

 3つの論文からは、3.11いらい自然ネルギーに傾斜している世論に歯止めをかけたい、あるいはこれまで営々と築いてきたハードエネルギーによる集中型エネルギーを正統とする方向へ世論を誘導したい・・・そんな意図を汲み取ることができます。 しかも3つの論文は序破急の作法にのっとっていて、思想的緩急をよくかんがえてた構成になっています。 最初の論者で全体観を、2番目の論者でちょっと過激に読者を刺激して、3番目の論者で論をうまくまとめています。

 3人の論者の論ずるところは、エネルギー供給源には多様性が必要であるということ、けれどそこには軸となるエネルギーがあるべきでそれは濃いエネルギー(化石燃料のようなエネルギー密度の高いエネルギー)であることが必要、濃いエネルギーとはいっても石炭・石油という従来型のものではなく温暖化ガスの排出がすくない非従来型化石燃料または小型・新型の原子力を軸とすべき・・・・・ということになりましょう。

 ついでに言えば3人の論者=濃いエネルギー派の方々が論を展開するうえでの尺度・視点は経済合理性・効率性です。 すでにその点で自然エネルギー(エネルギー密度の低い=薄いエネルギー)志向の人たちとは意見が噛みあわないことでしょう。 もうひとつ3人の論文で気になったのは、非従来型のエネルギー開発については”進歩している”と主張するものの、自然エネルギーについてはナマの自然エネルギーの特質にもとづいて論じている点です。 いまや自然エネルギーとその貯蔵技術は、中長期のスパンで戦略をかんがえるならなおのこと、セットで検討するのが当然だと私はおもうのですが・・・

 薄いエネルギー派の人たちの論の尺度はたぶん、濃いエネルギー派の人たちが論の拠り所とする経済合理性ではないでしょう。 というより、濃いエネルギー派の人たちはリスク項がゼロでの経済合理性、いっぽう薄いエネルギー派の人たちの経済合理性はリスク項をゼロとかんがえない状況下での経済合理性というべきかもしれません。

 3.11以前、電力会社や国は原子力について”絶対安全”、”多重防御”、”一流の専門家による検討”などと主張しつつリスク・ゼロとしてきたわけですが、それは結局まちがいでした。 発電プラントが崩壊するリスクと崩壊したのちの補償コスト、プラントを設置することにともなう自然や環境の喪失リスクと効用、プラントを廃棄するときのコストなどなど、そうした諸々のリスクやコストを国のエネルギー戦略でも重要な項としてかんがえるべきだ---そうした総合的視点を軸にするというのが薄いエネルギー派の本質なのだと私は理解しています。

 ただ薄いエネルギー派の人たちの主張も、今は2つの流れがあるように私はおもいます。 ひとつは原子力発電所の代替としての大規模自然エネルギー・プラントで集中発電・供給するハード・タイプです。 ソフトバンクの孫社長が提唱するのがこれですね。 もうひとつはその地にあった中小規模自然ネルギー施設を多数分散配置することによるネットワーク型のソフト・タイプ。 これこそがエイモリー・ロビンスが提唱した「ソフト・エネルギー・パス」だとおもいます ( 「新・エネルギー戦略㊥」の論者はこの2つの流れを混同しておられるようにおもいます)。

 今回の3人の論者は経済合理性を軸に、あるいはそれにもとづく市場原理にしたがって国のエネルギー戦略は選択されるべきと主張しているわけですが、たしかにそうしたかんがえ方もいいかもしれません。 そうではなく国民の安全と安心を軸に国民があえてきびしい道を選択するのならそれも悪いことではないでしょう。 たしかに産業界には打撃が出るかもしれませんが、それをバネにして新しい何かが生まれるかもしれません。 結局それのどちらを選ぶかは国民が自らの価値観にもとづいて積極・能動的に決める問題であって、㊥の論者がいうような”市場原理で決めるべき問題”---ではないと私はかんがえます。

 
 最後にあなたにだけ教えちゃおう、私が環境コンサルタントであったときの話。
 それは某県の某村に仕事の打ち合わせで某村役場にいったときのことでした。 その村は原子力発電所が立地していて、交付金がたんまり。 だから道路もどこの施設もとてもりっぱでした。 でも人はほとんどみかけませんでしたけどね。 駅前の広場には放射線量をしめす電光掲示版があります。 原発村らしくてとてもほほえましく思えて記念撮影、しようとしたらカメラをもってこなかったことに気づいた。 

 役場の総務部長さんと会議室で2時間のミーティングです。 でも20、30分おきに若手の職員がメモをもって入ってきます。 「お忙しければ、しばらくお待ちしますよ」と私は声をかけたところ、総務部長は「いやいや、いつものことだから」 そして若い職員が「じゃあ、発表しますか?」と部長に問うと、「発電所に発表していいか聞いてからにしてよ」っていうんです。 

 私の部下が「原発に何かあったんですか?」ってのんきな顔して聞くもんだから、部長さんもついつられちゃったのかなあ・・・「変な数字がでるんだよ。 きょうはちょっとその回数が多いんだ」 以降の会話は省略いたします・・・・・・・でも考えてみよう! 原発に関係する変な数字、しかも村民に知らせることが必要なこともある数字って、さあ、な~んだ? 答えがわかっても、どこの村かなんて聞かないでね。 
 
 ミーティングが終わったら交付金成金の村見物をしようなんて話していた私たちは、意気地なくそそくさと東京へ逃げ帰りました。 いまから15年ちょっと前のお話でした。

 
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【2012/02/09 23:15】 | 思いつくまま的日記
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